〈物語〉シリーズに初めてふれたかたは、ほぼ必ず感じる違和感がはずです。
『とにかく、キャラクターたちがしゃべりすぎではないか』ということです。
事件が起きる前も、起きている最中も、解決後ですら、キャラクターたちは延々と言葉を交わし続ける。
説明、冗談、皮肉、言い訳、脱線――会話は止まらない。
しかし、この「異常な会話量」は、単なる作風やクセではない。
そこには、西尾維新独自の物語観がはっきりと表れているように感じました。
今回はそんな物語シリーズはなぜこんなにも会話量が多いのかについてほりさげていきます。
本記事の内容
- 物語シリーズのおける【会話】とは
- 会話は「戦い」である
物語シリーズにおける【会話】とは
会話は情報を伝えるための手段です。
一般的な作品なら会話は
- 事件の説明
- キャラクター同士の関係性の整理
- 物語を前に進めるための補助
として使用されます。
しかし〈物語〉シリーズでは、会話はその役割を軽々と超えています。
〈物語〉シリーズで交わされる言葉は、
- 相手を試すための言葉
- 自分を守るための言葉
- 本心を隠すための言葉
つまり、会話そのものが行動であり、衝突であり、キャラクターたちが大きな決断をするきっかけになっています
会話は「戦い」である
〈物語〉シリーズの会話は、ただの雑談のような内容であっても常に緊張感があります。
例えば物語シリーズのひとつ恋物語おける戦場ヶ原ひたぎ、貝木泥舟の会話がまさに戦いです。
彼らの会話は、穏やかに見えて実際は主導権の奪い合いになっています
- どちらが話の流れを支配するのか
- どちらが本音を先にさらけ出すのか
- どちらが言葉で相手を追い詰めるのか
殴り合いではないけれど彼らは会話をすることで
言葉による戦闘をしているわけです。
つまり、会話するということは物理的にパンチやキックをおこっているような状態です。
黙ること=敗北、という世界観
〈物語〉シリーズにおいて、沈黙はある意味【敗北】をあらわしてるように思います
黙ることは、
- 自身の意見、観念に変革が生じるとき
- 自分の内面を直視できないとき
- 会話相手に主導権を譲るとき
キャラクターが沈黙ので表現されていることが多いです。
実際、作中では
言葉を失うということは相手の意見に納得してしまった。
逆に言えば、
- 自分の弱さを語れる
- 醜さを言語化できる
- 言い訳でもいいから言葉にできる
この世界では、
黙ることは「耐える」ことではなく、「負けを自身で認める」ことのように思います。
主人公が冗談や無駄話ような話を多くする理由
〈物語〉シリーズの会話は、
冗談が多く、脱線が多く、無駄話が多い――
そうした印象を受ける方も多いのではないでしょうか。
特に主人公・阿良々木暦は、その典型的な存在です。
彼は、
本題を避けるためにしゃべる
真剣な話をあえて茶化す
言葉を重ねることで、核心から逃げる
といった会話を繰り返します。
それでも阿良々木は、
「しゃべらないよりはマシだ」と感じているのかもしれません。
作中でも彼は、「逃げるが勝ち」という言葉を体現するかのように、
会話という形で問題から距離を取り、先送りにする場面がたびたび描かれます。
言葉は時に、
逃避であり、自己正当化であり、弱さの隠れ蓑にもなります。
それでもなお、西尾維新は、
主人公である阿良々木に「語らせる」ことをやめません。
なぜなら――
逃げであっても、語ること自体が前進だから。なのかもしれません。
痛々しいほどしゃべる理由
〈物語〉シリーズの会話が痛々しく感じられる理由は、
キャラクターたちが「正解の言葉」を話していないからだ。
- 迷いながら
- 言い訳しながら
- 傷つきながら
それでも、言葉を止めない。
この不器用な会話の積み重ねこそが、
〈物語〉シリーズの核心にある。
まとめ:〈物語〉シリーズが会話をやめない理由
〈物語〉シリーズにおいて、
- 会話でキャラクターの行動が変わる
- 会話は戦いであり、決断のきっかけ
- 黙ることは敗北に近い
- 無駄話は逃げの現れ
など【会話】にたくさんの意味をもたせています
何よりも物語シリーズおいての会話の意味は『生きること』でもあります。
だからこそ、キャラクターはしゃべり続けるているのかもしれません。
皆さんはどのように感じましたか?
ぜひ皆さんのご意見も聞かせていただけるととてもうれしいです。
なお〈物語〉シリーズ(阿良々木暦)の声優を務める神谷浩史さんについてはこちらの記事もおすすめです




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